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寺脇先生の教育論≪寺脇研先生の教育論≫【第44回】政治家は「極論」を言うより、足元の弱者の救済を

 教育とは、未来への希望があってこそ成り立つもの。政治にしっかりしてもらわなければ子どもたちや若者に対して
未来への希望を語ることができません。大人の責任とは、子どもたちに未来を示すことではないのでしょうか。その意
味で、教育に携わるわれわれこそ、率先して政治を変えるために動かなければならないと思います。
 そのためには、政治の批判ばかりしていても仕方がありません。批判すべきところを叩くと同時に、賞賛すべきとこ
ろはきちんとほめて応援すべきでしょう。民主党政権は、こと教育に関するならば、かなり健闘してきた面もありまし
た。なんといっても、高校授業料無償化は大きいでしょう。大人たちが未来への希望を示さないなら、せめて子どもた
ち自信が自力で未来を切り開く道を用意しておかねばなりません。

 高校授業料無償化によって、あらゆる子どもが高校進学の機会を保障されたと言ってもいいでしょう。ならば次は、
それの選択肢を大学まで保障していくことです。文科省有識者会議が提言している給付型奨学金の創設は、それに向け
ての第一歩となり得ます。最大の課題は財源で、対象者を成績優秀で経済的に厳しい学生(約6万3千人)に限った場合
で年380億円かかる計算です。財務省は、貸与型ならともかく、給付型を取り入れることに絶対に反対していると聞き
ます。
 ならば、せめて児童養護施設にいる子どもたちだけにでも、給付型の奨学金を認めてもらえないものでしょうか。
ここに暮らすのは、父母が死んでしまった児童、父母に遺棄された児童、父母の行方不明、長期入院、拘禁、離婚、再
婚、心身障害など家庭環境が不良で育てられる環境にない児童、そして保護者から虐待を受けていて家庭から隔離され
た児童です。保護して養育してくれる者がおらず、自分だけの力で生きていくしかない彼らに未来を与えるのは、社会
全体としての責任でしょう。これらの児童自身には全く原因はないのですから。児童養護施設で育つという厳しい状況
にある子どもたち全員に大学進学を可能にするくらいの「希望」を若い世代に提示できないものでしょうか。その「希
望」は、それ以外の若者にもメッセージとして届くに違いないと思っています。