教育関連記事
寺脇先生の教育論≪寺脇研先生の教育論≫【第40回】少人数学級論議について

 わたしは少人数学級礼賛論者ではありません。
それは,日本における少人数学級議論が,科学的裏付けなしの情緒論でしかないからです。少人数がいいと
いうのだったら,学級の数は何人くらいがいいのか?それぞれの教科の授業によって適正な規模があるはず
です。それぞれの適正数は?といったことについてのきちんとした議論がないまま,少人数にすればするほ
どいいに決まっているかのような議論が支配していると感じています。
 
 福岡県や広島県の現場で教育行政を担当した経験からいえば,僻地の学校が少人数教育でなくなるように
合併を目指す状況もあるし,あまりにも少人数の学級で授業をするのはかなり力量のある教師でないと無理
という現実もあります。体育の授業が少人数では面白くないのはもちろんのこととして,何でも少人数であ
ればいいというのが暴論なのもわかっています。


 要は,それぞれの学校の実情に応じて柔軟に授業の人数を決めればいいのです。算数や数学だって,生徒の
学習意欲が高く,力も十分ついているのなら多人数でも構わないでしょう。状況に応じて人数を加減できる
裁量権を校長に与え,校長は校長で教師たちと連携を密にとって臨機応変の授業人数編成を行えばいいのです。
一律に少人数学級化すればいいという発想が間違っている,と言いたいのです。
 しかも,少人数学級が教師を楽にするという意識がよくありません。少人数学級は,教師のためではなく
生徒のために検討されるべきものです。例によって「多忙な教師」という,これもまた科学的根拠のない情緒
論が先行して,教師の負担軽減のための少人数学級議論になっているのでは,本筋から離れてしまっています。


 生徒のためには,どの教科がどれくらいの規模か,いや,単元や授業内容ごとに検討してもよいくらいです。
そうやってこそ初めて,財政当局に対して堂々と少人数学級を実現するための予算要求ができるのではないで
しょうか。