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寺脇先生の教育論≪寺脇研先生の教育論≫【第36回】『成長の限界』から40余年

1970年,イタリアの富豪アウレリオ・ベッチェ博士が世界100人の知識人を集めてローマクラブというシンクタンクを作りました。1972年に出た最初の報告書『成長の限界』は,このまま人口増加や環境破壊が続けば,資源の枯渇や環境の悪化によって100年以内に人類の成長は限界に達すると,人類に警鐘を鳴らしています。地球が無限であるということを前提とした従来の経済の在り方を見直し,世界的な均衡を目指す必要があると論じています。

ポスト近代の新しい時代を作っていくためには,根本的な考え方の転換が必要です。成長や進歩を目指すことから,現状維持,場合によっては生活規模を縮小することさえ視野に入れながら人類と地球を保全していかなければなりません。

 

その転換を図るためには,教育の力が必要です。実は,ローマクラブと前後して,教育についても先端的な提言がなされていました。1965年,ユネスコのポール・ラングランが提唱した生涯教育という考え方が,教育を受けるという従来の受け身の発想から脱して,自ら学ぶ存在=学習者として人間を位置づけ,「生涯学習」として練り上げられていったのです。

 現在では生涯学習という言葉は社会に流布し,また,少なくとも教育専門家の間ではその理念も理解されていると思いますが,最初はそうはいきませんでした。無知な者を啓豪あるいは教化して思い通りの人間にしていくという「教育」の視点は,近代以降のわずかな期間にみごとなまでに浸透していたのです。学習する側が主体で,教育はそれを支える役割に立つという生涯学習の理念は,なかなか受け入れられませんでした。

 ユネスコ提言の内容は,1984年に設置された臨時教育審議会で「生涯学習」としてようやく認知され,87年の答申において明言されるとともに政府の教育改革理念として閣議決定されました。日本は,生涯学習の需要に10数年の遅れをとったことになります。

 

フィンランドの教育制度を分析した学者が「生涯学習大国フィンランド」と呼ぶように,ヨーロッパ諸国は,早くに「教育」中心から学習者主体への転換が進んでいます。自分が主体として学ぶ意識が徹底すれば,授業時間=「教育」の時間が少なくても,さまざまな形で学習する時間は自分で作れるようになります。

 フィンランドのように少ない授業時間で子供たちに必要な力をつけていくだけの学習者育成が,まだわが国にはできていません。まだまだ「教育」の視点から脱却できない大人が多いのです。文部科学者関係者の中にさえ,授業時間を増やせば学力が高くなると信じている方々がいるのではないでしょうか。

 授業時間が多かろうと少なかろうと,それはたいした問題ではないのです。大切なのは,子どもたちに新しい時代を生き抜けるだけの力を身につけてもらうことです。そしてその力とは,器用に入試問題を解いたり計算が素早くできたりする競争に勝ち抜くための学力ではなく,どんな人とでも協調できるようなコミュニケーション能力であり,自分の考えをきちんと持つ確固たる主体性なのだと,わたしは考えています。