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寺脇先生の教育論≪寺脇研先生の教育論≫【第31回】教員とは、「やる気」が最重要な職種である

 日本の学校教育をよくするためには,どうすればいいか。
簡単なことで,教師の「やる気」を高めればいいのです。ところが,ほとんどすべての教育論議で出てくるのは
「教師の質を高める」という話なのです。
 質は低いより高いほうがいいに決まっています。しかし,質を高めてほしいのは政治家も官僚もマスコミも経済界も
全部でしょう。質を高める必要がないくらいすぐれた人ばかりがやっている職種があるとしたら,教えてほしいもの
です。つまり,質を高めるのは当たり前の話。わざわざ,教育をよくするための方策としてとりたてて云々するほど
のことではないのです。
 それに質を高めるには必ず何かしらの手立てを取り,したがって予算を必要とする,ということになってしまいがち
です。しかし,借金が1000兆円を超えたこの国が,国民の税金を使って仕事することばかりを考えていていいはずが
ありません。予算を使わずに効果を上げる政策こそ考えるべきなのです。そして教育という仕事ではそれは可能なの
です。教育を良くしていくという部分は,必ずしも金の力を要しません。なぜならば,教育とは人間が人間に対して
行うものですから,人間が気力や意欲を高めればいいのです。「やる気」を高めさせるのは,決して金の力ではあり
ません。

 

 今必要なのは,データや学力テストの結果や学校評価,教師評価ではありません。すべての教師が,いままでより
わずかでもいいから熱意のある仕事をしてほしいと思っています。10の力を発揮している人は11に,5しか発揮でき
ていない人は6でいいのです。全員に一定レベルの成果を求めて査定や排除の論理を振り回すのではなく,それぞれ
が現状の「やる気」をわずかでもいいから高めてくれれば十分です。それで教育界全体では大きな前進が見られる
ことになるでしょう。
  「やる気」を出して頑張るのはたいへんです。それはわかっています。ですが,政治家やマスコミの作った「風評」
で一方的に非難されるままになっていたことを思えば,いま覚悟を決めて教師の本当の力を発揮してみせてもらい
たいと思っています。昔と違って現在の学校教育には教師以外の多数の住人がボランティアという形で関わってい
ます。彼らは教師を敵視するのではなく,協力してくれているではありませんか。

 

 「新しい公共」とは,場面場面で余裕のある者が余裕のない者を支えていく考え方です。家庭の事情や健康状態でその
余裕がないときまで「やる気」を出せと求めていません。自分ができるときにできるだけのことをすればいいのです。
  ……とこんなことを言うと,教師たちから反発を食うでしょうか?わたしはそうは思いません。日本の教師の使命感
や情熱を信頼しているからです。「やる気」を出す,というより元気を出してほしいのかもしれません。元気さえ出
れば,教師は大きな力を持っているのです。