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寺脇先生の教育論≪寺脇研先生の教育論≫【第30回】教育と「多様化」「ゆとり」「利他」

 いわゆる保守派の論客となる人々と教育について議論していると、しばしば頭が痛くなって
しまうことがあります。この人たちが、どんな教育システムを理想としているのかが、
さっぱりわからなくなってしまうからです。

 まず彼らは「ゆとり教育」のことを、口を極めて罵ります。「ゆとりなんか必要ない、ガンガン
勉強させろ!」というのです。ところが、それをすべての子どもたちにやらせる気はないらしく、
「エリートを育成しろ!そうでないやつが大学なんかに行くのはムダだ。60%近くが大学へ進学
するなんておかしい。大学へ行かずに農業とかものづくりとか介護とかに励めばいいんだ」ときます。
そのために彼らは、高等教育機関の「多様化」を主張します。いわく、「社会のリーダーになる層
(早い話が東大や京大やその他の有名大学に行く若者たち)以外のためには、それぞれ専門性
(農業だったり工場労働だったり看護・介護だったり)を身につけるような高等教育機関を用意して
やればいいのだ」というのです。


 むしろそれは「ゆとり教育」と同じ発想ではないでしょうか。こちらの場合、もちろんエリート教育
とか社会のリーダーといった選民思想とは無縁ですが。一人ひとりが自分の興味・関心、能力・適正を
生かして力を発揮し自己肯定・自己実現を果たすと同時に、社会にさまざまな形で貢献していくように
学習してもらうことを目指しています。だから「多様化」は当然のキーワードなのです。

 すべての人々がそれぞれの興味・関心、能力・適正を生かして自分なりの力を発揮し、他人の役に立つ
「利他」の行為を果たす。そのためには、画一的に同じ方向に向けて競争に駆り立てるやり方を変えな
ければならない、とわたしは思っています。