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寺脇先生の教育論≪寺脇研先生の教育論≫【第29回】議論に臆さない世代の誕生

 2009年末からわたしもツイッターというのを始めています。わたしが主に
参加しているのは,「新しい公共」をどうやってつくっていくのかという
議論の輪です。
「小さな政府で大きな公共」が作れないだろうかというのが目的で,ボラン
ティアやNPO活動をしていたり,そうした活動に興味を持っていたりする人々が
意見を出し合っています。
 
 政府に代わる役割をNPOなどの民間が果たしていくにはどうするかを考えようと
したとき,ツイッターはそうした議論のきっかけを作る場として最適でしょう。
政党はもちろん,あらゆるイデオロギーやしがらみと無縁に,個人個人が自分の
立場で発言でき,意見を交換できます。こういう場をうまく活用し,議論に
のってくるのは二十代から三十代初めの若い学生・社会人です。
特に,わたしのつぶやきをフォローする(全て見る)のは圧倒的に若者です。
これはわたしにとっても本望です。文部科学省から文部科学省時代「ゆとり教育」
といわれなき非難を浴びながらも学校教育を変えるために努力してきたのは,
こんな若者たちを育てたかったからなのですから。


 こうして積極的に議論するということが,若者の間で普通のこととなってきている
ように思えます。議論に参加する,臆せずに自分の意見を言う,互いの意見の違いを
認め合いつつ論をやりとりする,そして,どれが絶対に正しいという思い込みを
なくす……。これらは,総合的な学習の時間に培おうとしている考え方です。
そんな中から,議論を恐れない新しい世代が誕生しつつあるのです。彼らは,大デモ
隊を組織して国会や主要施設を取り囲んだり,大学を占拠したり火炎瓶や意思を投げ
たりはしません。その代わり,さまざまな視点を認め合って議論をし,やるべきだと
思えばボランティアやNPO活動という形で行動を起こすのです。
 
 そんな彼らのことを「ゆとり世代」「ゆとりちゃん」などと蔑視したり揶揄したりする
大人を見ると,心底腹が立ちます。何の八つ当たりなのか知りませんがが,若い世代を
低く見ることによって自分が高いところにいる気になっている姿は,はっきり言って
みっともないと思っています。そんな大人には詰め込みとやらで得た多大な知識を
活用して,若者にちゃんと仕事があるような社会にしてもらいたいものです。