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寺脇先生の教育論≪寺脇研先生の教育論≫【第18回】「21世紀を生きる力」とは

21世紀の世界は20世紀までの世界から大きく変わるのであり,私たちはその分岐点にいます。その変化はある時一瞬にして全部が変わる訳ではなく,徐々に変わっていきます。
私たちはその変化の中心にあり,徐々に変化していることが自分たち自身ではよく分かっていないという問題があります。それが「生きる力」が必要とされる背景です。

1996年の中央教育審議会答申(21世紀を展望した我が国の教育の在り方について)において「-子供に「生きる力」と「ゆとり」を-」という提言がなされました。マスコミに「ゆとり教育」と造語されることになってしまったのですが,実はそこで初めて「生きる力」という言葉がでてきました。

当時「生きる力はあって当たり前のものであり,生きる力があるから生きているんだ。」と言う人も一部いました。それは確かにそうなのですが,提言でいわれている「生きる力」とは,「21世紀を生きる力」のことであり,既に1984年から3年間,臨時教育審議会で議論されていたことなのです。

21世紀には今までの世界とは違うこと,極端に言えば人類が今まで経験したことのないようなことが起こり得るわけです。そうすると,従来の20世紀の人間が悩まなくても済んだことを悩まなければならなくなります。そして,当然その解決策も考えなければなりません。

東日本大震災による原発事故はその一例です。科学技術が与えてくれる恩恵を追い求めていくだけでなく,それが制御できなくなったらどうするのか,ということを考えておかなければならないということを痛感させられました。現時点ではわかりませんが,近代までは考えられなかったことが,当たり前のように起きてくることでしょう。

今後新たに起こる問題に対応し,解決できる教育制度が必要です。これから教育を受け,育つ子どもたちの21世紀を生きる力,正確にいえば,未来を生きる力を育んでいかなければなりません。「脱ゆとり」と世の中で言われている,2011年実施の学習指導要領でも,「子どもに生きる力を」と,「生きる力」の重要性が繰り返されています。

つまり,世の中では「ゆとり」から「脱ゆとり」に変わったと言われていますが,その間「21世紀を生きる力」を育むことは大切である,というテーマは一貫して変わっていません。誰もこれに異議を唱えた人がいないということであり,不確実の時代を生きていく力が必要であるということも変わらないということです。

私たちが今世界の変化の分岐点にいるからこそ,子どもたちの21世紀を生きる力,正確にいえば,未来を生きる力を育むことに社会全体で取り組んでいかなければなりません。