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5月9日は黒板の日

わかりやすい授業を展開するために重要な黒板。5月9日は黒板の日,だそうです。

全国黒板工業連盟が黒板の有用性をPRするために2000年7月に制定し,2001年から実施されています。

五(こ)九(く)で「こくばん」(黒板)の語呂合せと、明治初頭にアメリカから黒板が初めて輸入されたのが

この時期と言われていることが由来とされているとのこと。



わが国で黒板が使用されたのは,明治初期にアメリカン人教師スコットが母国から教材・教具を持ち込んだのが

始まりとされています。彼はアメリカの師範学校出身者であり,大学南校(東京大学の前身)の教師でした。

学制が発布された1872年(明治5年),東京に師範学校(東京高等師範学校の前身)が設立された際,スコットが

招かれ,そこで主に英語と算術を教えることになります。スコットは師範学校で「小学校における教授法」を指導した際,

黒板を使用していました。

そして,1873年(明治6年)より1878年(明治11年)まで文部省顧問として教育制度の整備に貢献し,

全面的指導に当たったダビッド・モルレー(日本政府が招聘したお雇い外国人の一人)が黒板の使用を奨励したことも

その普及に大きく影響したようです。

師範学校でスコットが黒板をどのように使用したかは,明治6年に発刊された「師範学校,小学校教授法」という書物で

紹介されています。算術の授業に黒板を使用している絵があり,そこには「図の如く、教師、数字と算用数字を呼で石盤に

記さしめ、一同記し終りたるとき、教師盤上に記し、これと照準せしめ、正しく出来たる者は各の手を上げしめ、誤りたる者は

手を上げざるを法とす」と書かれているとのこと。

その後,学制で定められた全国8の大学区に官立師範学校も設置され,各府県ではこれら師範学校の卒業生を招いて

教員養成機関を設置していきました。とある歴史氏史料によると学制当初の授業は「掛図と問答」が中心であったとのこと。

全国黒板工業連盟(Japan Chalkboard Industry Association)によると,1877年(明治10年)頃には「ブラックボード」から

そのまま翻訳されて「黒板」に名前が変わり,黒板は全国に広がっていったそうです。

日本の教育制度が整備され,教授法の工夫改善が進められていった中で,黒板が普及していったのは必然なのかもしれません。

ちなみに同連盟のHP(http://www.kokuban.or.jp/topic/index.html参照)では,黒板の歴史年表が掲載されています。

国産品の黒板が登場したのは1874年( 明治7年)頃からで,墨汁を塗った上に柿渋を上塗りしたもの、または硫酸鉄と煎液を

混合して塗ったものであったそうです。 (黒板の由来・歴史には江戸時代や明治初期に寺子屋で使用されていた塗板が始まりなど

諸説あるようです)

最も多く使われている黒板はダーク・グリーン。白と黄のチョークが一番見えやすく,白と黄はほとんど差がなく、時には

黄の方が見えやすいそうです。赤・茶・青は座席の位置によっては見えにくくなることもあるようですし,また黒板から遠く

離れると茶より青のほうが見えやすくなるそうです。

色チョークを上手に使い板書内容を強調したり,変化を加えたりすると子どもの理解を促し,学習意欲向上に効果的です。

しかしノートに写す側は鉛筆一色で書くことが多いはず。色ペンを持ち変えることで集中力が途切れ,書く作業に意識が

向いてしまうことも。

後でノートを見たときにわかりやすい板書になっているかを考えて色チョークも上手に使い分ける必要がありますね。